Just Another Summer Day in バンコク、翡翠おたくのタイ放浪記


いつの間にかタイに居ついてしまった人間のバンコク放浪記
by ポヨさん
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カテゴリ:informative( 26 )


国境のカフェで貼り付けた曲もいいけど映像がいいミュージックビデオ

ビルマへの旅の2日目、暇ができたので午後のひとときを国境のカフェで
のんびりと過ごしました。
このカフェはwifiが無料です。1杯35バーツ(100円くらい)
のコーヒーをオーダーすれば何時間でもインターネットが楽しめます。
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いつも何人かの観光客のファラン(白人)がこのカフェに陣取り
さいはての街で本国の友人達とメールのやり取りをしています。

今日は気に入っているミュージックビデオをブログに貼り付ける
作業をしました。

DVDやCDが自宅、オフィス、車の中、と分散しているため
どこに何が置いてあるか忘れてしまうので、聴きたい時に
探し回ることが多いのですが、ブログに貼り付けておけばPCさえあれば
世界中何処でも気に入った曲がいつでも聴けます。
こんな超個人的理由でユーチューブからブログにアップしてみました。



no matter what
by boyzone
このビデオは映像がとてもきれいなのでお気に入りに入れてます。
残念なことにボーカルの スティーヴン・ゲイトリーは突然亡くなって
しまいました。



northern star
by melanie c
スパイスガールズのメンバーのメラニーCのソロデビューアルバムの
タイトル曲。
北の国の雰囲気がいい感じです。




carnival
by natalie merchant
ナタリーマーチャントのデビューソロアルバムTigerlilyの1曲。

昔、ニューヨークに遊びに行って帰ってきた友人に「どうでした?」
と聞いたら、「えー、だから、ほんとニューヨークって感じでしたよー。」
と言ってました。そのニューヨークって感じが出ています。




one of us
by joan osborn
シュールな感じがなかなか味わい深い。
ダリみたいな雰囲気の人も出てくるし。。。



for what it's worth
by the cardigans
lovefoolの頃はポップ系だと思っていましたがこのビデオでは渋い系。
なんか週末に場末の酒場で練習がてら歌っていそうな感じ。
映像はコメディータッチなのですが悲しすぎる結末。。。
でも、アメリカに居たことがある人は経験があると思うけど
ピンクスリップ(駐車違反切符)を切られたところでは笑える。おなじような
反応をした人も多いのでは。。。

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by sheenatsilom | 2012-02-05 10:50 | informative

予想外に大きなOL市場 サライラップ市場

病気になってから今までの肉食中心の食生活を反省して、野菜中心の生活に
しようと思っている今日この頃ですが、うちには気の利いた大きさの
サラダボールがないことに気づき、オフィスから自転車をとばして5~6分位の
所にあるサライラップ市場に探しに行ってきました。

サライラップ市場には有名メーカーの型落ち品を安く売っている店がある
という噂を聞きつけたからです。

話は変わりますが自分はLAに居た頃クラスメートからサラダボールと
呼ばれていました。サラダボールをかぶっているような髪型をしていたからです。
その頃、バンプ系のスキーをやっていたのですが、有名選手の何人かが
そのヘアースタイルをしていたのでそのまねをしていたのです。
でも、今はタイに居るのでその髪型はやめました。

というのはタイの町中の床屋さん(50バーツ、日本円で150円位のところ)
で髪の毛を切ると、大抵、
①、タイの小学生か兵隊さんみたいなスポーツ刈り
②、7-3分けのタイのおっさんスタイル
③、前髪が長くて後ろが刈り上げのとっちゃんボーヤみたいな髪型
のいずれかになってしまい、サラダボールスタイルは一見③に
見えてしまうのでこだわる甲斐がないからです。

サライラップ市場はシーロムソイ5を入ったところにあります。
ここは女性のファッション関係の屋台が多いので
OL市場ともよばれています。
バンコク銀行本店の裏手にあり、バンコク銀行のビルが
いくつか建っている地区にあります。
この市場は最初、バンコク銀行のOLさんたちを相手にお昼ご飯や
ファッシッヨン関連品を売る小さな市場から始まったそうですが
バンコク銀行の発展とともに拡大し、いまではサトーン通りにある
会社のOLさんたちを多数惹きつける一大屋台街になっています。

シーロム通りのバンコク銀行本店わきのソイ5を入ります。セブンイレブンが
目印です。
この段階ではこのソイのなかにおおきな市場があるとは気づかないでしょう。
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ソイの中に入っていくと屋台街が始まります。
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さらに行くと人が増えてきて
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ずんずん奥へ歩いて行くとこんな感じ。
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この細い露地に面して多数のうなぎの寝床みたいなビルの入り口があります。
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入り口は小さいのですが中に入ると予想外に大きいのでびっくりです。
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どの小さな入り口を入ってもたくさんの屋台であふれかえっています。
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露地のところどころにはOLさんたちの旺盛な食欲を満たす屋台形式のフードコート
が数多くあります。
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つきあたりを曲がってもさら市場は続きます。
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昼休みにオフィスを抜け出してきたのであまり時間が無く陶器屋さんが
見つかりませんでした。
どらえもんのお皿ではちょっと。。。
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つきあたりのバンコク銀行のオフィスビルの左を入っていくと
サライラップ市場発祥の地、トリニティーモールがあります。
右手と左手に屋台街があります。
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最近改装されて綺麗になりました。右手にある屋台街は現在も拡張工事中です。
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屋台のフードコートもこんなに変身しました。でも値段は屋台と一緒です。
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屋台に混じってヴィラマーケットもひっそりと佇んでいます。
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by sheenatsilom | 2012-01-15 11:15 | informative

酷暑の地 バンコクで納豆を食べる!失敗の巻。

昨日食べ損ねたひきわり納豆、発酵時間を48時間に延長して
様子を見ました。
2パックは発酵が十分なようです。残りのパックはもう少し延長して
様子をみます。
さて今回の出来は。。。

ふたをあけてみると全体的に大豆に白い粉が吹いたようになっていて
第一印象は悪くありません。
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拡大してみると納豆菌のフローラがパッチになっているのがわかります。
もう少し均一にできるともっとよいのですが。。。
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かき混ぜてみると粘り気がちょっと少ない感じがします。
水分が多い印象です。
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食べてみると味自体は悪くないのですが粘り気が少ない分、納豆特有のブクブク感
も足りず、物足りない感じです。

今回の敗因は荒熱を取る時間が足りず、湿気がパックのなかにこもってしまった
かもしれません。それから、ひきわり納豆と丸大豆納豆の作り方の違いも
もっと研究する必要があるかもしれません。

納豆作りは本当に奥が深くて難しい。

今回の点数は

粘り気      3
まったり度    4
コク       4
ぶくぶく度    2
フルーティー度  4
トイレ臭さ度    5(トイレ臭いほど点数が低い)

今回の平均点は3.6。落第です。

落第ついでにこんな写真をアップしてみました。

うちの近くのセブンイレブン。レジが3つなのに従業員の数が多すぎ。
スタッフが居る所がなくて小さくなっているではないか。。。
ここのオーナー、落第!
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。。。。。。この二人、落第!!!
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by sheenatsilom | 2012-01-12 11:08 | informative

納豆未完成のため紅燈篭でテークアウト

今日自宅に帰り、昨日仕込んだ納豆の出来具合を見てみると
まだ醗酵が不十分でした。
今晩の夕食は納豆をあてにしていて「晩御飯は納豆尽くしだ!!!」と
鼻息を荒くして帰ってきたので出鼻をくじかれた感じです。

冷蔵庫の中にはサイトウフーズからデリバリーしてもらった
日本食材が沢山あるのですがこれから解凍して料理するのも
なにか面倒くさい。。。

そこでサトーンの自宅からすぐ近くのシーロムとスリウォングの
間にある紅燈篭に自転車をとばして行ってきました。
自転車で5分もかからないくらいの距離です。

ナラティワ通りからもっこりラーメンのソイを入り、
もっこりラーメンの手前の角を左に曲がると
赤いちょうちんが目印の紅燈籠が見えてきました。
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ここは夜遅くまでやっていて安くて美味しいので最近よく
お世話になるお店です。

オープンしてそれほど経っていない店ですが最近お客さんの数も増えて
この日も多国籍、無国籍風の人々に混じって日本人の駐在員風の人が
二人、楽しそうに食事をしていました。

部屋でのんびりビールを飲みながら食べるつもりだったので適当に
オーダーして10分位して戻って受け取りテークアウト完了です。

7種類オーダーしてそれぞれ別の箱に入れてくれたので
レジ袋2袋になり結構な大きさ。

それにセブンイレブンでビールを買ったのですごい荷物。
自転車のハンドルにバランスよくぶらさげて
よろよろしながら帰りました。
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欲張って頼みすぎたようです。肥えてしまうではないか。
これだけ頼んで506バーツ。バンコクは何食べても安い。
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by sheenatsilom | 2012-01-11 22:22 | informative

酷暑の地 バンコクにて納豆作りに挑戦!ひきわり納豆の巻

アメリカのアリゾナ州にあるツーソンという町でGabrielle Giffords という下院議員
が至近距離から頭を撃たれて瀕死の重傷を負った事件から一年たったという
ニュースをやっていました。

このツーソンという町は世界最大規模のジェムミネラルショーで有名で、自分も
何回も行った事があるので馴染み深い町です。そのため一年前のこの事件は
頭の中に残っていました。

一年たってその回復ぶりをTVで見てとても感銘を受けました。
彼女は至近距離から頭を撃たれたため脳の損傷がひどく、当時のニュースでは
最初死亡と報道されたくらいでした。
それが一年後にはゆっくりながらも話せるようになり、
歩けるようにもなったのです。


リハビリの様子のビデオです。彼女の場合発音を司る脳の部分の損傷が激しい
ため音楽を中心としたリハビリに取り組んでいます。

自分も片目が不自由になったくらいで落ち込んではいられないなあと思いました。
以前は脳の細胞は再生しないといわれていましたが最近では再生する事がわかって
きたようですし、網膜細胞も多少は再生することもあるかもしれません。

そこで病気に気をとられてしばらく忘れていた納豆作りを再開することにしました。
納豆は血液をさらさらにする効果があるそうなので目の血管にもいいかもしれません。

今回はひきわりに納豆挑戦してみました。
丸大豆の皮を一個一個はがし、割っていくのはあまりにも大変なので
皮無しでしかも割ってある大豆を買ってきました。
peeled -split soy beanとしてスーパーで普通に売っています。タイの
中国人社会では家庭で豆乳を作って飲む習慣があるのでその需要があるから
でしょうか。
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一晩水に浸しておきます。バンコクは暑いので冷蔵庫に入れておくと
安心です。
ピールドアンドスプリットの大豆の場合あまり長い時間水に浸しておくと
大豆が柔らかくなりすぎてあとで煮るときに吹きこぼれてしまい
大変なことになるので注意が必要です。
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7時間ほど煮ます。自分はクロックポットを使っています。
タイの電器屋ではどこでも置いてあります。
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煮あがったら煮汁を捨ててコップ4分の1くらいの煮汁に納豆菌を溶かし
大豆にかけてよくかきまぜます。
納豆菌は今回は高橋菌です。新宿の東急ハンズで買いました。
納豆菌の量は添付のスプーンで量りますが大豆の量に応じて調節します。
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納豆菌をかけてからよくかき混ぜること。そうすると大豆が
崩れてきて引き割っぽくなってきます。
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厚さ1,5センチくらいに盛り付けます。
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スーパーで買ってきたクーラーボックスに温度計を挿した手製の
納豆製造機に入れます。温度管理はペットボトルにお湯をいれて調節します。
以前は電気式のコーヒーカップウォーマーなどを使ったこともあるのですが
バンコクは暑いのでお湯だけで充分です。
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大五郎24時間待つのだぞ。
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by sheenatsilom | 2012-01-09 23:07 | informative

メリークリスマス!& うちのクリスマスツリー

夏に始めたこのブログもあっという間にもうクリスマスです。
でもこの短い間に左目が病気になって闘病ブログになったり
いろいろありました。

もともと自分の記憶のためというか想い出のために始めたブログで
しかも左目が悪くなってからは時々しか更新できないので
訪問者は一日数人程度です。でも時々、地球の裏側からも訪問してくれる
人も居るので楽しくなります。

見知らぬ訪問者の方々、ありがとう。そしてメリークリスマス!!!
もちろん、知っている方々もありがとう。そしてメリークリスマス!!!!!

現在、病み上がりであまり外食もしないし、外出をすることもないので
ネタがありません。
そこでうちのクリスマスツリーの写真を貼り付けました。

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オフィスのツリー。タイに住み着いた年、会社を設立して初めての
クリスマスに買いました。光ファイバーで色が変わります。
すぐ壊れると思っていたのですが長い間使っていてもまだ壊れません。



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ショールームのSHEENのツリー。机の上に置いてある小さなツリーです。
店長さんが買ってきたかわいいツリーです。
床に置く大きなツリーが欲しかったのですが場所がないのであきらめました。
店長さんの連れてきた妖精たちが昼寝をしたり遊んだりしています。


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店長さんの選んだスノーマン三兄弟。


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大きなクリスマスツリーが置けない代わりにガラスにリースが掛けてあります。


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住まいのツリー。タイに住み着いた年のクリスマスに買いました。
電球は随分切れてしまいました。そろそろ買い替えなければ。。。



バンコクのあちこちで聞こえてくる定番のクリスマスソング。
まずはMariah CareyのAll I want for christmas is you.
日本公演のひとこまです。



次に George MichaelのLast Christmas.
WHAMのころのGeorge Michael。若い!



クリスマスっぽくて大好きな曲、
Boney M のMarys’ boy chaild。
メンバーの一部がカリブ出身だからかレゲエっぽい響きを
感じるのは私だけでしょうか。


Merry Christmas and A happy new year!!!
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by sheenatsilom | 2011-12-24 17:52 | informative

バンコクホスピタルを退院しました。

ブログの更新が遅れてしまいましたがバンコクホスピタルを退院しました。
入院中は毎日が日曜日の平和な生活を送っていたのですが、一旦退院すると
嫌でも現実に直面しなければならず、
たまりにたまっていた日常の雑用や仕事を片付けるのに追われ、
加えて通院にも時間をとられるのでPCの前に座っている時間が無く、
更新ができませんでした。
しかも、利き目のほうに障害が残ってしまったので何をするのにも効率がわるく、
以前より時間がかかってしまいます。
しばらくは小さな時間を見つけてすこしづつブログを書いていこうと思っています。

網脈中心動脈閉塞と診断されたのはタイの灯篭流しのお祭り
ローイクラトンの日でした。
その日の夕方からさっそく治療が始まりました。

遠くのほうのあちこちで花火が打ち上げられる中
病室でひとりでステロイドの点滴を受けていました。

その時左目の視界のほとんどは見えず周囲にかろうじて光が残る程度でした。
右目では見える満月も左目では光も感じる事が出来ない状態でした。

ステロイドの点滴が始まって何時間かたったとき、突然視界の一部に
まるで黒い紙に針で穴をあけたように小さな点の光が差し込んできました。
仮死していた網脈細胞が息を吹き返したような感じでした。
細胞が生き返ったんだ!と思うととても嬉しくなり希望が湧いてきました。

それから日に日に少しずつですが目に光が戻ってきました。
現在は視界の中心は見えませんが周囲は光が戻っています。
ただ、視界の中心の黒い影が見ようとするほうに移動するのでとても気になります。
黒い影も時間とともにちょっとグレーっぽく薄くなってきているので
まだ希望は捨てていません。気長に治していこうと思っています。



長い間過ごした部屋ともお別れです。つらいような楽しいような不思議な
日々でした。つら楽しいとでもいうのでしょうか。。。
それにしてもこんなにのんびり過ごしたのは初めてです。
無理やりのんびりさせられたというか。。。
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ドアが閉まり、つらいながらも、楽しくもある、思い出がつまった部屋を後にします。
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お世話になったナースステーション。ブログにはのせていませんがこの後、
お世話になった綺麗な看護婦さん達と記念撮影しました。
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エレベーターに通じるドアが閉まってナースステーションともお別れです。
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今日もトリオの人たちが演奏しています。いつも優しい音楽をありがとうございました。
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バンコクホスピタルの正面玄関。車の運転ができないのでタクシーで帰りました。
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今のようにやらなければならない事が山積になっている状態にいると
バンコクホスピタルののんびりしていた時間が懐かしい。
今にして思うと時間がいっぱいあったのでもっと人生のことを考えれば
よかった。。。これからどういう形で仕事を続けていこうとか。。。
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by sheenatsilom | 2011-12-07 01:31 | informative

実妹 モナ・シンプソンよりスティーブ・ジョブズに贈る追悼の言葉。

ニューヨークタイムズの10月30日版の中に興味深い記事があったので
翻訳してみました。

アップルコンピューターの創設者のスティーブ ジョブズ氏の実妹の
モナ シンプソンさんから兄に贈る葬儀会場における追悼スピーチです。


モナ シンプソンさんはUCLAの教授でスティーブ ジョブズ氏の実妹ですが
スティーブ ジョブズ氏が貧困のためにアダプト(養子)に
出されたため、大人になるまでお互いの存在を知らなかったといういきさつが
あります。
原文は5ページに及ぶ長文のため所々要約、省略したところがあります。


モナ シンプソンさんの追悼スピーチ(the new york timesより)

私はシングルマザーの貧しい家庭に育ちました。
父は電話番号も住所も残さず去って行ってしまったので私は小さいときから
父がいつかお金持ちになって私の人生の中に戻ってくれることを願っていました。

しかし、戻ってきたのは父ではなく兄だったのです。

私がニューヨークに居て初めての小説を書こうとしていた頃のことです。
私は小さな雑誌社につとめていました。クローゼットほどの小さいオフィスで
3人の同僚がいました。
ある日、弁護士から電話があり、「あなたには兄がいて、その人はとてもお金持ちで
有名な人です。その人があなたに会いたがっている。」と告げました。
その人の名前を尋ねるとその弁護士は今は答えられないと言いました。
1985年の事でした。あたかもディケンズの小説の策略のなかにはまってしまった
ような感じでした。

同僚達と賭けが始まりました。同僚達の一番の候補はジョントラボルタでした。
私は密かにヘンリー ジェームスの小説の理解者で、私より才能があり、
努力もしないでなんでも出来る人だったらいいなあと思っていました。

私が始めてスティーブに会ったときは同年代でジーンズをはいて
アラブかジューイッシュの容貌で、オマーシャリフよりハンサムでした。

そのとき何を話したか多くは思い出せないのですが、長い散歩をしながら
話をして、偶然二人とも散歩が大好きということがわかったのです。
最初の日の印象はスティーブは私が友達に選ぶタイプの人だということ
でした。
私はその当時コンピューターに疎くてOLIVETTIのタイプライターを使っていました。
スティーブにCROMEMCOというコンピューターを買おうと思うんだけど、と言うと
彼は「ちょっと待ったほうがいい。今、信じられないくらいにかっこいいPCを
作っているところなんだ。」と言いました。

彼はいつでも一生懸命でした。たとえ失敗したとしても一生懸命すぎることを
恥ずかしいと思わない人でした。

アップルを追放されたときは痛々しかったです。かれは大統領を囲んで500人の
シリコンバレーのリーダー達が集まるディナーにも招待されませんでした。
彼は傷つきましたが仕事を淡々とこなしていました。

改革者のわりには物事にロイヤルティーがある人でした。
ひとつのシャツが気に入ると10から100はオーダーしました。
黒のタートルネックもパロアルトの自宅にはこの会場のすべての皆様に
配れるくらい沢山あります。

彼の美の哲学はファッション最初は美しくて時が経つと醜くなるものだが
真のアートは最初は醜いように見えても時が経つと美しくなるものだ、ということ
でした。

また、スティーブは愛のことを喋らせると少女のようでした。
愛は彼にとって最高の美徳であり神の中の神であったのです。
彼はかれの会社の社員達の恋愛についてもトラッキングをして、心配をしていました。

私は彼がローリーン(妻)に初めて会ったときのことを覚えています。
彼は私に電話をしてきて「今日、すてきな女性に会ったんだ。とてもスマートで
犬を飼っているんだ。僕は彼女と結婚する!」と言ったものでした。

長男のリードが生まれたときは嬉しくて喋りだしたら止まりませんでした。
彼はすべての子供に対してフィジカルなダッド(肉体労働系パパ)でした。

彼はリサのボーイフレンドについて心配し、エリンの旅やスカートの丈について
心配し、またイブの乗馬についても心配していました。

ローリーンに対する愛が彼の支えでした。愛は普遍的なものである、この信念に
ついて彼は疑う事も皮肉的に思うことも、悲観的になることもなかった。
このことについて私はまだ学んでいるところです。

億万長者になってからも彼は必ず空港に一人でむかえにきてくれました。
ジーンズをはいて立って私を待っていてくれました。

彼は贅沢ではありませんでしたが
成功をエンジョイしなかったわけではありません。
パオアルトの自転車屋に行って一番高い自転車を買えるんだと嬉しそうに
話していた事を思い出します。そして彼は買いました。

彼はポケット一杯にサプライズを入れている人でした。
亡くなった後もローリーンをびっくりさせるために好きだった歌や
詩を引き出しとか家の中にちりばめているような気がします。

彼は妻と4人の子供に囲まれ幸せを宝箱一杯につめこんだ楽しい生活を
送っていました。

突然の病気が彼から世界を奪っていきました。彼はパリを散歩するのが好きでした。
また京都の手打ちそばを楽しんだこともありました。ダウンヒルスキーを優雅に
楽しみましたしクロスカントリースキーもぎこちなく したこともあります。
でも、すべてが出来なくなってしまいました。
桃を食べるというような日常の楽しみでさえ、彼にはもう無かったのです。
しかし、病気がすべてを奪ってもスティーブに残っている物の多さに驚かされました。

肝臓移植のあとの歩行訓練のことを思い出します。
彼の足は細くなってしまい、彼の体を支える事が出来ないように見えました。
椅子につかまりながらメンフィス病院の廊下をナースステーションまで歩きました。
そして少し休んでまた往復するのです。毎日少しずつ距離を伸ばしていきました。
ローリーンがひざまずいてスティーブの目を覗き込んで「あなたなら出来るわ、スティーブ」
というと唇を引き締めてまた歩き始めるのです。

スティーブは痛みに耐えかねた辛い時にある目標をたてました。それは
リードの高校卒業を見届けること、エリンを京都に行かしてあげること、それに
家族を世界一周に連れて行きローリーンと余生を過ごすために設計したボートの
進水式を見届けることでした。

慢性の肺炎に罹ったときドクターからすべての物を禁止されました。氷もです。

スティーブは特別扱いが嫌いな人でしたがこのときばかりは少しばかり特別扱い
して欲しいといいだしました。紙に書いたメモを見るとドクターのいうことは聞かなくて
いいから氷が欲しいと書いてありました。

いつまでこの世にとどまることができるのか誰にもわかりません。
スティーブの最後の年でも彼は新しいプロジェクトを立ち上げアップルの友人たちに
最後までやり遂げるよう約束させていました。
また、オランダで製作中のステンレスの船は木の板を張って完成するばかりに
なっています。
彼の3人の娘はまだ未婚で下の2人はまだ子供です。
スティーブはさぞかし子供達の結婚式で、彼が私の結婚式で
私にしてくれたと同じように、新婦と一緒に歩きたかったことでしょう。

私たちは皆、ストーリーの途中で死ぬのです。その死の数だけストーリーが
あるのです。

火曜日の朝、スティーブは私に電話をしてきて急いでパオアルトに来るよう
言いました。
彼の声は静かで愛情に満ち溢れたものでしたが、旅の荷物をすべて車に
くくりつけ終わり、家族を残して一人で旅に出るのは本当にすまないといいながらも
これからまさに出発しようとする旅人のようなあわただしさがありました。

彼はお別れの言葉を言い始めました。私は彼をさえぎり、今空港へ向かっている
タクシーの中にいるのよ。すぐに行くわよと言いました。
彼は間に合わないかもしれないと思って電話をしたんだと答えました。

私が着いたときには彼とローリーンは冗談を言い合っているところでした。
それは長い間、一緒に人生を作り上げてきた二人のやりとりでした。
そして彼は子供達の目をみつめると、まるでアンロックできないかのように
ずっと子供達を見続けていました。

午後の2時ころまでローリーンは彼を起こしてアップルの友人達と話を
させてあげることができました。

それからしばらくして彼はもう起きる事ができなくなりました。

息使いが変わったのです。重く、丹念に、なにか目的があるような息使い
でした。あたかも数を数えながら階段を登り、さらに遠くへ遠くへ
行こうとしているようでした。
私には彼は死と向き合って死に働きかけている、死はスティーブには
起こりえない、彼は死を成就しようとしている、そう印象を受けました。

彼が最後に私にさよならを言った時、「ごめん、本当にごめん、一緒に
年をとっていきたいと思っていたんだけどできなくて。。。。
でももっといい場所に旅立つんだ。」と言いました。

ドクター フィッシャーの判断では今晩乗り越えられる確率は50パーセント
のことでした。

なんとかその夜は持ちこたえました。彼の呼吸が止まると私とローリーンは
飛び起きて顔を見合わせました。そうするとまた呼吸がはじまるのです。

死をやり遂げなければならない。死に及んでも彼の横顔は毅然としていて
完全主義者でロマンチストのままでした。彼の息使いからは彼があたかも
山に登っているような厳しい旅をしているんだということが伝わってきました。

スティーブの最後の言葉は死の数時間前でした。
単音節で3回繰り返されました。
旅立ちの前、スティーブは妹のパティを見つめ、そして長い間子供達を
見つめていました。
そして最後に人生のパートナーのローリーンを見つめました。
それから彼らの肩越しに遠くを見つめながら、
「OH WOW.OH WOW.OH WOW」と言ったのです。
それが彼の最後の言葉となりました。

(終)



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バンコクホスピタルでは一日に何回かコンサートが開かれます。
患者さんの心を和ませてあげようという心使いなのでしょう。
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by sheenatsilom | 2011-11-27 08:36 | informative

バンコクホスピタルでの日常

バンコクホスピタルの一日は音楽を聴きながらちょっと熱めのシャワーを
浴びて気分をシャキッとさせることから始まります。
音楽はあまりうるさくないスムースジャズとかエクレクティックな
感じのものが多いです。

その後、病院の一階にあるコーヒーショップに行きコーヒーを飲みながら
ボーっとしたり新聞を読んだりしてのんびりした時間を楽しんでいます。

毎日が日曜日みたいでこれで病気でなければ最高なんですが。。。
でも病気でなければ病院にいるわけないか。。。。

きのうはオーボンパン、今日はスターバックスです。
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午前中の柔らかい陽ざしの中で飲むコーヒーは最高のリラックスタイムです。
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バンコクホスピタルはとても大きい病院でコーヒーを飲みに行く時も
こんな通路を通っていきます。なんか空港みたいです。
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さて、コーヒータイムが終わると朝食です。
朝食はこんな感じ。
今日はウェスタンです。
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3食の献立は和食、ウエスタン(洋食)、タイ料理、モスリム料理から選べます。
以前は和食だったのですが、量が多すぎて食べきれないので最近は
ウエスタンが中心です。
例えばある朝の和食の献立はレバニラ炒め、湯豆腐、エノキダケのおひたし、味噌汁、
フルーツでした。
これが全部3人前くらいあるのです。なにか日本人の患者さんが少なくて余った
日本食が集中して自分の所に来ているような。。。。

それから、なぜか和食の場合、ご飯はハートの形に型押しして盛ってあって、
その上にハートの形に切ったにんじんがちょこんとのっかっています。
給食のおばさん、ボクのこと好きなのかなあ、なんて思いませんが、
冷えたご飯もアツアツの気持ちで食べさせてあげようという心遣いなのか
それとも病院だから心臓に関係あるのかなんて、ハートとにらめっこしながら
考えていました。




自分には関係ない科ですが、UROLOGY(泌尿器科)と小便小僧。
タイ人のこのユーモア魂、クールです!!!
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バンコクホスピタルには航空医療科があります。
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ヘリポートには専用機が常駐していて1日に何回も患者さんを引き取りに
出動していきます。
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腕利きのパイロットと自分。両人とも健康そうにみえますが左が病人です。
でも、ドクターが未だに病気の原因がわからないといって首をひねっているくらい
健康で、悪い所は目と頭くらいです。
頭が悪いのは生まれつきです。。。。。

遠いところではカンボジアに緊急出動することもあるそうです。
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ちょっと見にくいですがヘリの夜間の発着。ビルの谷間にあるヘリポートなので
ぶつかりそうで見ているとひやひやしますがいつも一発でドンピシャです。
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午後は眼科と脳神経科の検査や治療がはいります。
検査や治療はやはりストレスなのでこれが終わるとほっとします。

夕方、涼しくなってきた頃、病院のまわりを1時間くらい散歩します。
で、必ず行くのがペッブリー通りにあるフルーツ屋台。
ここでフルーツを買って、行儀が悪いですが、食べながら帰ります。
これも1日の終わりのささやかな楽しみです。
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by sheenatsilom | 2011-11-22 08:34 | informative

バンコクホスピタルに入院しました。

バムルンラート病院で過剰とも思える検査をしてもらったのですが、
検査に時間を費やした割には精査した診断を
してもらえず結局、マイグレインヘダック、偏頭痛ということになりました。
視力がだいぶ落ちてしまったので、バムルンラートを退院して、すぐにオフィスに戻り、
大慌てで最小限の身の回り品を持って空港に行く途中にあるバンコクホスピタルに
向かいました。
診断の結果は比較的早くわかりました。
結果はCentral Retinal Artery Occlusion (網膜中心動脈閉塞)でした。
この病気は短時間で失明に至る怖い病気らしいです。

普通は心臓や血管に病気のある人がなる事が多いそうですが、若い人でも
なることがあり、原因も完全には究明されていないようです。
自分の場合も心臓や血管は問題なかったので、原因がわからない非常に稀な
ケースといわれました。
そのため、膠原病も疑われ骨髄液の検査もしました。
バムルンラートの診断の偏頭痛の可能性を消すためか頭に電極をたくさんつけて
脳の検査もしました。

診断の結果、治療が難しい事が告げられました。その瞬間、頭の中を冷たい風が
吹き込んでくる感じがしました。

部屋に戻り、ベッドに寝転がってボーとしていると、脳神経科の主治医が入ってきました。
そして、眼科医は難しいと言っているけれどもステロイドで視力が多少回復する例も
報告されているので希望を捨てないでがんばろうと言ってくれました。

その瞬間、この何日間、心の底にしまっておいた不安や絶望が一気に吹き出して
ドクターが前にいるのに涙が止まらず、下を向いて嗚咽をこらえていました。

その直後から治療です。眼圧を下げたり、て血流をよくしたりしながらステロイドを
点滴します。部屋にいる間はオキシジンハングリーな網膜細胞のために酸素吸入を
しています。



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バンコクホスピタルの病室。バムルンラートがシティホテルならこちらはタイの地方の
高級ホテルという感じです。バムルンラートより全然広くて使いやすい。




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ベッド。壁もドアも厚くて音が外に漏れないので気兼ねせずに好きな音楽が聴けます。
看護婦さんも気分のいい音楽ですね、と言ってくれました。




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トイレ




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シャワー





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リクライニングチェアー。この椅子に座って音楽を聴いたり外の景色を見たりしています。




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部屋から見える風景。バンコクの郊外の町ですが、緑のなかに
遠くの方に高層ビルが立ち並び、何か、
懐かしいカリフォルニアのような風景です。ロスアンジェルスとサンディエゴの間に
ある、アーバインというような感じでしょうか。
この風景には心が癒されます。


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夜はビルの灯かりが綺麗です。




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朝食前には必ずスターバックスかオーボンパンかたまにブラックキャニオン
に行って朝日のなかでコーヒーを飲みます。大好きな時間です。
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by sheenatsilom | 2011-11-19 08:51 | informative