Just Another Summer Day in バンコク、翡翠おたくのタイ放浪記


いつの間にかタイに居ついてしまった人間のバンコク放浪記
by ポヨさん
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
以前の記事
ライフログ
検索
最新のトラックバック
その他のジャンル
ブログパーツ
最新の記事
外部リンク
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧

<   2016年 04月 ( 3 )   > この月の画像一覧


心臓手術後のバンコク闘病記

心臓手術後、しばらく吉祥寺に滞在し
ドクターの許可も得てバンコクに帰ることとなった。

前回のこのブログでは触れなかったが
飛行機に乗って後2時間少しでバンコクというところで
突然、以前網膜中心動脈閉塞で失明したことのある左目が
激しく痛くなり視界が白くぼやけて見えなくなってしまった。

心臓病との関連はわからないが痛みで目も開けていられなくなったので
飛行機を降りてからすぐに車椅子で空港内を移動してそのまま
空港タクシーに乗り、以前、網膜中心動脈閉塞で入院していた
バンコクホスピタルに入院となった。

それにしても自分は病弱でしょっちゅう病院に通ったり入院したりしている。
このブログも闘病ブログに変えようかと思っているくらいだ。
病気のブログにしたら読者が増えるだろうなあ。。。
というのは当ブログは普段は訪問者がひどく少ない
寂しいブログなのだが、病名を書いたことがあって、
その回だけ訪問者が非常に多かったのだ。

世の中には病気で悩んでいてインターネットで病気のことを調べている人が
多いのだなあとびっくりしたものだ。

病気ブログに変更したらどんなタイトルにしようか。
「病弱男の万病闘病記」
なんてタイトルがいいかなあとか、
それでは暗すぎるのでもう少し明るくして
「青空男のパラモーター闘魂日記」
でパラモーターにうつつを抜かすことによる怪我、病気、
収入減による生活苦を描くというのはどうかなあなんて
うつうつと考えている。
病院のベッドで寝ている時もそんなことを考えていた。

今回の病室はヘリポートを見下ろすところ。

a0238635_0375698.jpg


この病院のヘリコプターのことは
以前ここに入院している時にこのブログで書いた。
病気だったのにもかかわらず当時のことは何故か懐かしさを感じる。
今度振り返ってブログを開いてみよう。

病気は角膜が炎症を起こしているためで抗生物質、鎮痛剤、
角膜炎用のコンタクトレンズでだいぶ良くなった。
退院後もコンタクトレンズは毎日取り替えないといけないので
しばらく病院に通っていた。
通院のある日のランチはオーボンパンで。
以前入院しているときも
毎朝、コーヒーを飲みにスターバックスと日替わりで来ていた。

a0238635_0392026.jpg



バンコクに帰ってきて目も良くなった頃、久しぶりに行きつけのレストランAldo'sに行った。
しばらく日本で闘病生活をしていたため久しぶりだなあという感覚。
いつもどおりビールを飲んでサラダとメインを食べた。
なぜかリラックスできる空間だ。

a0238635_0395699.jpg


a0238635_0402381.jpg


a0238635_0413821.jpg



退院後1ヶ月の検診があるのでまたすぐに日本に帰らねばならない。
帰る直前の日曜日、パラモーターの仲間に会いにシラチャに行った。
皆、自分が痩せたのでびっくりしていた。
飛んでいるみんなが輝いて見えた。
自分にもこんな時代があったのだなあ。

a0238635_0422587.jpg


帰りに近くのショッピングモールに寄った。
シラチャにあるJ-Townというモールだ。
最近のタイの日本人気を反映してかこのモールも日本調。
金閣寺みたいな建物もある。

a0238635_0432619.jpg


この中にあるイオン系の
マックスバリューで夕ご飯を調達。そして一路
バンコクに向けて車を走らせる。

この後、心臓の術後検査のため日本に向かったのだった。
[PR]

by sheenatsilom | 2016-04-30 00:25

さらば、吉祥寺よ、そしてハロー、バンコク。

心臓手術後、リハビリの為しばらく住んだ吉祥寺を
離れる日がいよいよ来た。
心臓手術という緊急事態のためとはいえ
人生の中で吉祥寺に滞在する事があるとは夢にも思わなかった。

思えばこの手術後の短い滞在期間中にもいろいろなことがあった。
心臓手術という未知の体験であったから予期せぬ体調の変化など 
病気の回復の途中で心配になることも多々あった。

退院した次の日6時間ほど歩いて熱が出た事もあった。
ドクターからは20分ほどの歩行にとどめておくように言われていたのだが
配偶者が同期会で不在だったのをいいことに血圧計やら体重計、その他
生活必需品をあれこれ買いに行って帰って来たのは
午後9時過ぎ、合計6時間以上も歩いていたことになる。
その疲れからか熱が出て帰って来た配偶者をひどく
心配させてしまった。
 
心臓手術後、目にキラキラ光る星が現れたり、
ギザギザの三角形が現れ視界をさえぎったり
未体験の不思議な現象が現れて不安になったものだった。

そのような不思議な現象は今でも続いているが。

人口心肺をつけた鼠蹊部にリンパ液が溜まりしこりができてしまい
命には別状ないものだが気になって仕方がない。

心臓がまだ安定していないせいか血圧がローラーコースターの
ように上がったり下がったり、脈拍が速くなったり遅くなったり、
その度に気をもんでいる。血圧や脈拍をコントロールする
薬を何種類も飲んでいるのだが。。。

日々の楽しみは季節の変化を感じながら井の頭公園を散歩したことだ。
退院したてのころ水がなかった井の頭公園の池も
現在では満々と水を湛えている。

a0238635_15211596.jpg


a0238635_15222059.jpg

やはり水のない井の頭公園はスジャータを入れない
コーヒーのようなものである。
a0238635_15251458.jpg


a0238635_15255828.jpg


a0238635_15263786.jpg


退院して3日目には井の頭公園を突っ切り井の頭公園前駅に行き、

a0238635_15233484.jpg


そのまま歩き続けて三鷹台駅まで歩いた。
a0238635_1524419.jpg

往復で1時間ほどの旅であった。


吉祥寺ではいろいろ食べ歩いた。美味しくて安い店がたくさんあるので
迷ってしまう。
a0238635_15465122.jpg


マンションの近くにいせやという焼きとん屋さんがあって
いつか行こうと思っていたのだがいつも満席で
吉祥寺を離れる少し前テークアウトで食べた。
十何年かぶりに食べた焼きとん。さすがに美味しかった。
ここは昼間から皆ビールを飲んでいて
昼間からカフェでワインを飲んでいる
パリっ子みたいだ。雰囲気はずいぶん違うけれども。。。

a0238635_1544145.jpg



バンコクに帰る日、飛行機に乗って雨に煙る空港を眺めていると
とりとめのない回想が風のように記憶の中を駆け抜けてゆく。

a0238635_15474261.jpg


今回初めて卒業後、小学校に行ってみたのだが
そのことがきっかけとなり 記憶の奥底に
眠っていた思いがけない遠い日々の断片が甦ってきた。

その記憶のかけらのひとつがスポーツカー好きの変わった先生のことだ。

その先生には2つの趣味があって
ひとつはスポーツカー。
イタリアのフィアットという車の
オープンカーで学校に来ていた。

その先生の2つ目の趣味は節約。
いろいろな倹約方法を教えていただいたが
いちばん記憶に残っているのはトイレットペーパーの
ミシン目一枚(10cmx10cmくらい)でお尻を拭く方法。
10cmx10cmくらいのトイレットペーパーの真ん中に人差し指を突き刺し
人差し指できれいにお尻を拭いた後、トイレットペーパーを指をぬぐいながら
抜くのだそうだ。
 
それ以外にも 磨き終わった歯磨き粉をためておき再利用する方法や、
コップ半分くらいの水で歯を磨き、口をすすぎ、顔を洗い、
更に手も洗う方法などを授業で教えていただいた。

断っておくが自分は気持ち悪がり屋なのでその先生の
授業で習った倹約方法を実践したことはない。
いずれも目から鱗の方法だが、高尚この上ないこのブログの品が落ちるので
ここでは触れないでおこう。
いつかお話することもあるかもしれないが。。。

そんな昔の思い出に浸りながら機上の旅を終えバンコクに着くと
そこは太陽の光が痛いほどの常夏の別世界であった。

a0238635_15492593.jpg


これから心臓病を患った体に熱帯の国でどのような生活が待っているのだろうか。。。
再び、パラモーターで空を飛べる日がくるのだろうか。。。
仕事が出来なくなるのも困るがパラモーターが出来なくなるのは
もっと困る。
生きる甲斐が無くなって廃人のようになってしまうのは明らかだ。
早く回復して飛びたいものだ。
それを励みにしてリハビリに励む、
それしか人間として生き延びる道はないのだ。
[PR]

by sheenatsilom | 2016-04-22 18:41

小学校時代の思い出の地、そしてシロガネーゼ。

退院してから10日ほど経つと、毎日のようにリハビリとして
井の頭公園を散歩している効果かあらわれているのか
体力もだいぶついてきた。

リハビリ小旅行と称して暇つぶしも兼ねて、
まず東京内で自分的に最も行きそうに無い所、そして2回目に
最も行ってみたい所に行ってきたので、今度はその中間、
普通程度に行ってみたい所に行ってみようと思った。

グーグルアースを見ながら自分は普通にどこに行ってみたいか
考えたときにふと頭に浮かんだのが小学校時代の思い出と
それと全く関係ないがシロガネーゼという言葉である。

リハビリ中の暇な時でないと小学校時代の思い出の場所に
来ることもないだろう。
また、こんな時でないとシロガネーゼいう人たちを見に行く
機会もないだろう。
そこで普通に小学校時代の思い出の地と白金に
行ってみることにした。

品川駅で降りる。小学校時代にはなかった高層ビルが
立ち並んでいてあまりの変貌にびっくりした。

b0202356_23213245.jpg


まず行ってみたのが幼稚園から小学校5年生まで住んだ家。
お台場の運河沿いにかつて7,8軒の一戸建ての公務員住宅が
建っていて、この写真の場所に自分の住んでいた家が
あったのだが他の住宅とともに影も形も無く消えていて
空き地になっていた。

b0202356_23222864.jpg


しばらく歩いて小学校へ。

b0202356_2323721.jpg


この小学校では勉強ができた方で
人生の華の時代であった。
中学校、高校、大学と進んでいくに従い、
坂道を転げるようにどんどん劣等生に
なっていくのであるがこの楽しい小学校時代に
自分が後々劣等生になるとは誰が想像できたであろうか。。。
楽しい思い出ばかりが残る場所である。

友達の家が多くあった商店街。
学校帰りによくこの近辺の友達の家に寄り遊んで
帰ったものだ。

b0202356_23235543.jpg


角を曲がり京浜急行の駅方面へ。
この通りを左に入ると可愛くて、勉強もできて、運動神経抜群と
三拍子そろったあこがれのマドンナの家があったはずだが
建てなされているらしくどこだかわからなかった。

b0202356_23243567.jpg


通りを渡ると品川神社。ここも放課後の遊び場だった。

b0202356_23251161.jpg


この山道を登ったり降りたりしながら銀玉鉄砲という
ピストルの撃ち合いをしていたものだ。

b0202356_2325472.jpg


懐かしい思い出の余韻に浸りながらシロガネーゼを
見に白金に移動。
自分はシロガネーゼとは縁もゆかりもないだけに
普通に興味がわく。
イメージ的には
1、お金持ちの主婦で
2、ブランド品で固めているけど
3、センスよく着こなしている、
4、そしてモデルさんみたいにスタイルがいい、
そんな人々だ。
そんな人々を見にプラチナ通りに繰り出す。

b0202356_23263286.jpg


結果をいうとそれらしき人々を見ることはなかった。

休みの日だったこともあるのかもしれないが
人通りが少なく、目立ったのは中国人の人々、
自転車に乗った白人達やその子供たち、
それに上記の条件を満たさない日本人の女性達であった。

来る機会があるかわからないが今度は初夏の天気の良い
平日の午後のアフタヌーンティーに似合いそうな
時間に来てみようと思う。

シロガネーゼに出会えるかもしれない。
[PR]

by sheenatsilom | 2016-04-02 23:38