Just Another Summer Day in バンコク、翡翠おたくのタイ放浪記


いつの間にかタイに居ついてしまった人間のバンコク放浪記
by ポヨさん
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31
以前の記事
ライフログ
検索
最新のトラックバック
その他のジャンル
ブログパーツ
最新の記事
外部リンク
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧

<   2015年 05月 ( 1 )   > この月の画像一覧


父に会う。

去年の秋深き頃 脳梗塞で倒れた父に会いに日本に帰った。

久しぶりに会った父はまるで別人であった。

病院に向けて車を走らせている時、自分が涙もろいことを知っている配偶者は
ぽつんと
「○○ちゃん、絶対泣くと思うよ。」と言った。

自分は状況は聞いていていて覚悟は決めているので
「泣くわけなんかないよ。」と答えた。

ところが 病室に入って父の横たわっている姿をみたとたん,
あまりの変わり様に思わず嗚咽がこみあげてきた。
泣くのを我慢しようとおもったのだがどうにも
我慢できない。配偶者のいったとおりだ。

父は柔道3段だか4段で大学時代柔道部のキャプテンをしていたくらいだから
体はがっちりしていて顔も四角だったのだがいまでは骸骨のようになっている。

目は開いているのだが意識は無いのかとろんとして中空をみている。

脳梗塞で倒れて以来数ヶ月ずっと目は閉じたままだったのだが
最近目をあけることも多くなってきたそうだ。

初日は息子である自分を認識したのかどうかわからない反応の無さであった。

日本に滞在中は毎日父の見舞いに行ったのだったがある時、
父の耳元で
「藤田さんが亡くなって今日お葬式なんだって。」と大きな声で話した。
藤田さんは父の2人居る親友のうちの1人なのだ。
その時、とろんと中空を見つめていた父の目が一瞬、
記憶にある以前の父の目に戻った。

そしてしばらくして父の目から涙がこぼれてきた。
この時に父には意識がまだ残っているということがわかったのだ。

このことは自分にとってはショックであった。
体が完全に麻痺した状態で意識はあるのだ。
父はこの状態をどう思っているのだろうか。
意思を表示できないだけに外からうかがいしれないつらさが
あるのではないだろうか。

父はアル中といってもいいくらいの酒好きで昼食中に酒を飲んで
いつものようにそのまま食卓で寝てしまい、夕刻になっても起きないので
不審に思った母が妹夫婦を呼んで意識が無い事に気付き
救急車を呼んだということだった。
好きな酒を飲んで寝てしまいそのまま死んだらどんなにか幸せだっただろうか。
父はそのように思っていないだろうか。

テレビで意識はあるけれども全身麻痺で意思の表現が出来ない人の
ストーリーを見た記憶があるけれども父の身にこんなことが起きるとは
思ってもみなかった。
本当に人生は大変なものだ。一瞬先になにが起こるかわからない。

父の病室を出たら真正面に前夜に降った雪で初化粧をした
富士山が見えた。日本を離れて20年以上経つがしみじみと
富士山を見たのは初めてではないだろうか。

a0238635_22232370.jpg


そうだ、自分のふるさとは富士山の見える所だったのだ、と不思議な感慨があった。
しばし夕焼けに映える富士山に見とれて振り向くと母と配偶者が何か話しながら
病室から出てくるところだった。
母の顔にはある種のあきらめというか
既に父のこの状態を日常として受け入れることができたのだろうか、
平穏な表情がみてとれた。

父はこのままでいつまで生き続けるのだろうか。
[PR]

by sheenatsilom | 2015-05-27 22:21